関係性システムコーチングの読書ガイド:7冊
昨今、企業経営に関わる人から、組織開発の重要性を聞くことが多くなったように思います。
背景には、環境変化のスピードがあまりにも速く、戦略の賞味期限が極めて短くなっていることがありそうです。環境変化に対するアンテナの感度を組織的に高め、各現場が柔軟に戦略を構築・変更していくことが重要という意識の高まりのように思います。
ドラッカーはナレッジワーカーの重要性が上がると予見しましたが、1人のナレッジワーカーが知覚出来ること・判断出来ることには限界があります。組織を取り巻く環境が高速で変化していく現代の状況で、組織的に変化に対応する方法を探ることは自然な流れなのかもしれません。
システムコーチングは、組織の関係性にアプローチする手法です。組織の関係性とは、例えていうなら作物が育つための土壌のようなもの。良い作物を収穫するためには、まず土壌づくりが重要です。同様に、組織が結果を出したいと思ったら、まず組織内の良い関係性を作ることが重要と考えます。
一方で、「関係性」は目に見えない概念です。その為、「組織の関係性にアプローチする」とは具体的に何をすることなのか。それを理解するのが難しい。また、あるツールを使って支援をしたとして、どうしてその関わりが関係性強化につながるのか。これまた理解するのが難しい。
魅力的であるけれど、理解しづらく、同時に適切な運用を行うことが難しいのがシステムコーチング。(まあ、多くの組織開発の手法には同じことが言えるようにも思いますが。。。)
ここでは、このアプローチについてより深く理解し、実際の組織開発場面で使えるようにするための参考図書を7冊ご紹介します。
システムコーチングは「プロセス指向心理学」「コーアクティブ・コーチング」「システム思考」の3つの領域から影響を受けていると言われています。よって、この3つのカテゴリーに分けて参考図書をご紹介します。
これさえ読めば大丈夫、という読書ガイドではありませんが、この7冊を読むと、少なくともシステムコーチングが狙っている根本の理解は深まると思います。
分厚い本が多くて読むのが大変ですが、お勧めは、
まず①⑥を読む。
次に②③④を読む
最後に⑤⑦を読む
という順番でしょうか。
プロセス指向心理学
システムコーチングは、プロセス指向心理学から多くの概念を取り入れています。その為、その骨組みを理解することは、システムを見立て、システムに関わる際にとても役に立ちます。
システムコーチングでやっていることのエッセンスは、「ディープデモクラシープロセス(DDP)」というワークに集約されていると思います。システムコーチングには多くのワークが「ツール」としてまとめられていますが、それぞれDDPの一部分を切り出したものであったり、制約を加えて更にわかりやすくしたものだったりします。
突き詰めて言えば、システムコーチングでやっていることは、
・システムの布置(コンステレーション)を見抜き、
・何が意識と同一化されていて(1次プロセス)何が意識の外側に周縁化されているか(2次プロセス)を特定して、
・2次プロセスを増幅して、1次・2次を含むプロセス全体を、合意的現実/ドリーム/エッセンスのすべての次元で自覚化する
ということだと思います。
なぜシステムにそうした関わりをするのが有効なのか、という基本概念はプロセスワークの影響を強く受けています。その基本概念について大変わかりやすく解説してくれているのがこの本です。
プロセス指向心理学を作ったアーノルド・ミンデル自身によるワールドワークの解説書。上で述べた、システムコーチングで行う「ディープデモクラシープロセス(DDP)」というワークは、プロセスワークで行う「ワールドワーク」から、その概念をかなりの部分借用しています。
ワークの手順は、システムコーチングらしく、決まったものがあります。しかし、やってみればわかるように、一度ワークが始まってしまうと、場で何が起こるかは誰にもわかりません。よって、事前準備した手順はほとんど役に立ちません。
激しい感情の対立が立ち現れることもあるし、「一体これは何をやっているんですか(怒)!?」と参加者からシステムコーチに向けて怒号が出ることもあります。
「多くの人は、前に進み出て集団をファシリテートすることを怖れる。たしかに、集団を怖れることには十分な理由がある。集団は途方もない潜在的な力を持つからである」
とミンデルも書いていますが、システムコーチとしてDDPを使うのはとても勇気がいることだと思います。
それでもDDPを使うのはなぜなのか?なぜこれが必要なのか。そのことについて、ミンデル自身が述べています。
ミンデルはワールドワークのことを「自覚の政治学」と呼んでおり、諸問題を解決することだけでなく、コミュニティの自覚を上げることを促す、と述べています。
企業課題のコンサルテーションをしていると、今目の前にある課題を解決することも重要なのだけれど、その課題解決を通じて、この組織の自覚を高められるかどうかが肝だ、と良く思います。
そういう意味で、企業文脈でDDPを使うことは「自覚の経営学」ということなのかもしれません。
新書なので読みやすいですが、深い1冊
③「メタスキル -心理療法の鍵を握るセラピストの姿勢ー」エイミー・ミンデル
アーノルド・ミンデルとご夫婦であり、パートナーである、エイミー・ミンデルの著書。
効果的な支援をするカウンセラーやセラピストの「フィーリング・アティチュード」に焦点を絞った1冊です。
対人/対組織支援をしていると、結局、支援者の「在り方」が支援を効果的なものとするかどうかに最も影響する、と、感じます。
エイミー・ミンデルは、これを「メタスキル」として定義し、
「メタスキルは養成したり習得することが可能」
と述べています。
それは例えていうならば東洋の精神的伝統の訓練と似たところがあって、例えば、太極拳では身体の動かし方や技よりも、その動きの背後にある感情を捉える方を強調されます。
エイミーは、
「徹底的に訓練されたセラピストは、その人が属する心理療法のシステムの持つスピリチュアルな価値の生きた見本となるのであって、テクニックは目に見えなくなっていく」
としています。
これはシステムコーチに限らず、場に立つ人/対人支援をする人が誰しも目指す境地なんじゃないかと思います。
「場づくりスト」としてとても参考になった1冊。
④「プロセス指向のドリームワーク ー夢分析を超えて」アーノルド・ミンデル
システムコーチングでは、「3つの現実レベル」という切り口が良く出てきます。システムの見立てをする時は、1次・2次の見立てと共に、この3つの現実レベルの見立てをほぼ必ず行うのではないでしょうか。
この、3つの現実レベルを深く理解するのに役立つのが、この本です。
「3つの現実レベル」の考え方は、宗教・哲学的なので、ちょっとピンと来ない人も正直多いかもしれません。しかし、これからの世の中を生きていく上ではとても重要な考えかた。
最近はマインドフルネスや瞑想など、インド哲学の流れを汲むプラクティスに取り組む人も増えているし、量子力学の知識を聞きかじる事も多いので、昔よりは受け入れられやすくなっているかもしれません。
「3つの現実レベル」では、①エッセンス、②ドリーム、③合意的現実、という3つの現実レベルを分けて考えます。
良く使われる概念なのですが、これ、実はかなり難しい。①②③がそれぞれどういう概念で、そしてお互いにどう関連しているかを理解するのはそんなに簡単ではありません。
特に、①エッセンスの理解。これは宗教的な世界観なので、難しいのは当たり前ではありますが、①エッセンスが理解できないと、本来的には②ドリームも理解できないはず
ミンデル本人による解説を読むことで、ここがかなりしっくり来ます。
個人的には
「①エッセンス」の二乗=「②ドリーム」であり、
「②ドリーム」の二乗=「③合意的現実」
という書き方でピンと来ました。
また、ミンデルは「自覚」を強調しますが、自覚の諸領域として、この3つの現実レベルの①②③と共に、④プロセスを挙げています。
システムコーチは、主にシステムの②ドリームを扱うわけですが、その時には、その②ドリームを生み出している①エッセンスの微細な感覚を自覚するわけであり、同時に目に見える形として結実している③合意的現実のあらゆる可能性を自覚するわけです。(そしてその流れに従う)
相当難易度の高いアプローチだと思いますが、システムコーチが何をやっているのかということをしっかり理解するにはとても良い1冊だと思います。
コーアクティブコーチング
⑤「コーチング・バイブル(第3版)本質的な変化を呼び起こすコミュニケーション」ヘンリー・キムジーハウス/キャレン・キムジーハウス/フィル・サンダース著
この本はパーソナルコーチングのコーアクティブ・コーチングの体系をまとめた本です。コーアクティブ・コーチングは本を読んで理解することが難しいメソッドなので、トレーニングプログラムを受けた後に参照することを前提に書かれているように思います。
システムコーチングは、ワークで使う用語を含め、プロセスワークの影響を強く受けています。その為、この2つは基本的に同じもので、ツールの定義が細かくなされているところがシステムコーチングの特徴なのかな、と思うことがあります。
しかし、良く見ると、やはり、システムコーチングはコーアクティブに見られるようなコーチングの立ち位置を取っていると感じます。
それを一番感じるのは2次プロセスの中の何を紐解きに行くかの選択の場面。周縁化されている2次プロセスの、何を紐解きに行くかはシステムコーチの知覚と判断に依るのですが、「ありたい姿」とか「願い」の紐解きにつながるようにツールが設計されているように見えます。
例えば、システムコーチングの中で最も使われるツールの1つであるランズワークは、最後に「私たちの国」を作る中で自然に「ありたい姿」の紐解きがなされるようになっています。
システムの「第3の存在」に対して、コーアクティブ・コーチングをしている、というイメージなんだろうな、と思います。
システム思考
⑥「学習する組織 -システム思考で未来を創造する」ピーター・センゲ(著)
「学習する組織」は2つの意味でシステムコーチングと親和性が高いと感じます。
1つは自分達をシステムの一部として見る考え方。「ビールゲーム」というシステムの振る舞いを体感するワークがあります。このゲームで見られるように、人は出来事に焦点を合わせがちで、その出来事を引き起こしているシステムを認知することが得意ではありません。
システムコーチングでは、焦点は常にシステム全体にあり、個人にはありません。参加者はシステムのかけがえの無い一部ではありますが、
「すべての人は正しい」が、同時に「全体(システム)からすると一部だけ正しい」
ということが強調されます。
システムコーチングでは、個人の意識の焦点を自分自身から引っ張り上げ、システムの関係性に向けさせる、という関わりを行います。
システム思考的な考えにおいては、何か問題が発生した際には、誰か特定の個人が悪いのではなく、システムが問題を生み出していると考えます。そして、そのシステムの振る舞いについて全員が責任を負います。この基本の前提をシステムコーチングは共有しているように思います。
もう一つ、学習する組織とシステムコーチングの親和性が高いと感じるのは、自己マスタリーやメンタルモデルに見られる、人間観。
システムコーチは、何か問題を解決する為にそこに居るわけではなく、組織の自覚化を促す為にそのシステムに関わります。
学習する組織で、高度な自己マスタリーに達した人は、
通常の意識領域と潜在意識との間のラポールを高度に発達させる
と言われています。この人間観には、プロセス指向心理学においてフラートやシンクロニシティに気づきやすくなった自覚化が進んだ状態と非常に似たものを感じます。
また、学習する組織で出てくる、組織のメンタルモデル(思い込み)は、システムコーチングのワークで時として出てくるゴーストやタイムスピリットに共通するものがあります。
メンタルモデルは組織の1次プロセスなので、それを丁寧に紐解いて認知することで、2次プロセスを浮き立たせ、変化を促す、ということをシステムコーチングでは行います。
「学習する組織」は魅力的なコンセプトで、多くの企業で「如何にして学習する組織化するか?」について悩んでいます。
システムコーチングは、ツールが定義された極めて具体的なアプローチです。「学習する組織」を実現するための具体的な関わりの中で、システムコーチングのアプローチを組み込むことは有効なのではないかと感じます。
⑦「ソフトシステムズ方法論」ピーター・チェックランド、ジム・クルーズ著
システム思考には、知覚する現実がシステム構造になっている、と考えるハード・システム思考と、探求プロセスとしての方法論自体を自らシステムとして作りげて行く、というソフト・システム思考があります。
ソフトシステムズ方法論は後者のアプローチ。
そして、それこそまさにシステム・コーチングで行っていることの中核だと思います。
システムは、システム全体として何らかのアウトプットを出します。例えば自転車は、自転車という全体のシステムとして「進む」というアウトプットを実現します。「サドル」や「チェーン」や「タイヤ」は単体ではアプトプットを出すことが出来ません。それぞれの役割が上手くかみ合ってシステムとして動いて初めてアウトプットが出るようになっています。
このことは、人間のシステム(組織や集団)についても当てはまります。組織や集団のシステムとしてのアウトプットを考える際には、1人1人のメンバーをシステムから切り離して考えるのは効果的ではありません。
そうではなくて、システム全体の振る舞いを全体観を持って考えないと意味がない。
ソフトシステムズ方法論は、
その状況に関わっている人たちの間で、原則として終わることのない学習サイクルを回すための方法論
です。
システムコーチングは、ツールの数が非常に多岐に渡ります。その為、実際のシステムコーチングのプログラムを組む際には、何をどのような目的でどのような順番で行うか頭を悩ませることが非常に多い。
一方で、ソフトシステムズ方法論は、7つのステップが定義されています。実際のプロジェクトでは必ずしもこの順番でプログラムが進むとは限りませんが、1つの型として頭の中に置いておくと、システムコーチングで何をやっているのかの見通しが良くなるように思います。