インドではどのようなリーダーシップが有効なのか?|「インド・ウェイ 飛躍の経営」
重要度を増すインド
世界銀行によれば、インドの2018/19年度の国内総生産(GDP)成長率は7.3%と予想されています。ここ5年は年5%以上の高い成長を続けており、元々の人口が12億人を超えて巨大なことから、中間層の規模が急速に拡大し、マーケットとしての魅力は高まり続けています。
同時に1991年に産業部門で大々的な規制緩和がなされてから、この四半世紀でグローバルで競争力のある企業が多く育ってきており、協業・競争相手としてのインド企業の存在が際立ってきました。
インドのGDP(名目)は、世界7位で中国の1/5程度ですが、現状の成長が継続すると10年後には倍になり、日本を抜くことが予想されています。
インドへの注目が年々高まっていることもあって、最近「インド・ウェイ 飛躍の経営」という本を読みました。インドを含む新興国で有効なリーダーシップのあり方を考える一環で手に取った本なのですが、これが中々面白い。今回はこの本をベースに、インドらしいリーダーシップとは何かについて、文化の観点から考えてみたいと思います。
欧米のマネジメント手法がインドでは上手く行かない
インドの金融コングロマリットICICIの代表取締役を務め、その後インド産業連盟の会長も務めたK・V・カマスは
「ビジネスの手法に関する欧米モデルがここ(インド)では成立しないことは幾度となく証明されてきた」
と述べています。
「インド・ウェイ 飛躍の経営」という本は、ペンシルバニア大学ウォートン校の著者達が数多くのインド企業エグゼクティブへの調査を通じてインド経営を紐解いた本です。
多くのマネジメント手法はアメリカから発信され、グローバル経営の中で適用が試みられていますが、アメリカでは上手く行くマネジメント手法が他地域では上手く行かないということは、半世紀以上前から幾度となく報告されています。
オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステードは、国民文化を数値化する研究を半世紀以上続けているわけですが、その調査を始めるきっかけは、当時勤めていたIBMの欧州で国の文化の違いを明らかにし、相対的に有効なマネジメントを考える為でした。
この、マネジメント手法の有効性に関する地域依存性は、マネジメント領域の重要課題であるリーダーシップについても当てはまります。
暗黙のリーダーシップ理論
リーダーシップはマネジメントにおいて引き続き重要なテーマですが、巷のリーダーシップ理論は、リーダーシップは従うものが居て初めて成立するにも関わらず、発揮する側の話に終始しがちだ、という批判があります。
この「従う側の観点」は、特に異文化マネジメント領域においては重要です。
組織論の中では暗黙のリーダーシップ理論として研究の蓄積があり、どのようなリーダーシップが有効かは、フォロアーが暗黙に抱くリーダーシップ理論に影響を受けると言われています。(小野 2012)
例えば、Nye and Forshth (1991)は、支配・友好的・手段的統制という3つの要素の組み合わせで、人はリーダーシップのプロトタイプを持っており、そのプロトタイプと実際のリーダーのリーダーシップの態度や行動との適合性が高いと、リーダーシップへの評価が高まることを示しました。
インドとアメリカは文化が異なります。その為、それぞれの国で人々が暗黙に抱くリーダーシップ理論は異なります。「ビジネスの手法に関する欧米モデルがここでは成立しないことは幾度となく証明されてきた」というK・V・カマスの経験の背景には、もちろん制度やインフラなど物理的な要因もありますが、大きな理由の1つとして、このフォロアーの中に存在する文化差の軽視があります。
インドはどのような文化なのか
ホフステードの研究に基づくと、インドの国民文化スコアは下記のようになります。(青=インド、紫=アメリカ)
(出所 Hofstede Insights Group)
参考までにアメリカのスコアと比較をしますと、インドはアメリカよりも、
・権力格差が大きく(Power Distance higher)
・集団主義で (Individualism Lower)
・長期志向であり(Long Term Orientation higher)
・欲望を抑制する (Indulgence lower)
という所に大きな差が有る文化であることがわかります。「インドウェイ」にて明らかにされたインドのビジネスリーダー達の共通した特徴を見ていくと、上に述べたインド文化の特徴がインドでの暗黙のリーダーシップ理論に色濃く影響を与えていることがよく分かります。
インドで有効なマネジメントスタイル
「インドウェイ」ではインドリーダー達が共通して行っていることを4つの原則としてまとめています。
①従業員とのホリスティック・エンゲージメント
②ジュガードの精神
③創造的な価値提案
④高遠な使命と目的
①従業員とのホリスティック・エンゲージメントは、職場に強い組織能力を構築することに主眼を置くマネジメント方針です。
「インド・ウェイを実践するほとんどの会社では全従業員は家族的な感覚で包み込まれる。家族の感覚は何かを必ず実行しなくてはならない義務が伴っている」
というもので、企業と労働者との相互主義の感覚をつくることによって、従業員コミットメントを生み出します。インタビューの中で、インドのリーダー達は誰一人として、企業の成功をリーダー自身の賢さやトップマネジメント・チームの努力によるものだとは主張しなかったそうです。これは、成功をリーダーの力量に還元して考えがちなアメリカ的発想と大きく異なります。
文化的に言うと、このホリスティック・エンゲージメントの背景にはインドの「高い権力格差」と「集団主義」があります。ホフステード他(1995)は、部下の目から見ると、権力格差が大きい国では最も安心できて、かつ尊敬できる上司とは、「慈悲深い独裁者」か「良き父」で、それは権力格差の小さい国での理想の上司である「才能豊かな民主主義者」とは異なる、と述べています。
権力格差が高く、集団主義の文化では、強い権力をもったリーダーが父親のように存在し、その集団への忠誠を誓う限り庇護されるという組織形態が見られます。組織内は強い関係性で結ばれており、そうした場で働くこと自体が動機づけを高めます。
ホリスティック・エンゲージメントで述べられているインドのマネジメント方針は、インドに限らず多くの「高権力格差×集団主義」の文化で見られるスタイルです。
不確実性回避の低いマネジメント
②ジュガードの精神は、即興力・対応力を重視するマネジメントです。
文化的には、これはインドの不確実性回避の低さに起因しています。タタスチール社長のB・ムスラマンは
「タタ・グループはルールに縛られるよりも、価値を土台にしている。私たちはコーポレート・ガバナンスにルールという枠をはめることは出来ないと確信している」
と述べています。これは不確実性回避の低い文化で良く見られる考え方です。不確実性回避の低い文化では、規制は出来る限り少ない方が良いと考えられ、曖昧な状況、不慣れな状況で即興的に行動しながら考えるというスタイルを取る傾向にあります。
インドの不確実性回避のスコアは40で低い為、フォロアーはこうした即興的な動き方を好み、よってリーダーシップもジュガードの精神のような即興力・対応力を重視する方針で、③創造的な価値提案を行うリーダーシップスタイルが効果を発揮するのだと考えられます。
短期と長期の中間のマネジメント
リライアンス・インダストリーズのムケシュ・アンバニは、インドウェイのインタビューの中で、会社の業績にはほとんど触れずに、
「毎年増え続けるインドの若年労働者の為に毎年1000万人の雇用枠を設けることがインド経済にとって死活問題だ」
と述べたと言われています。
また、タタ・モーターズの低価格車ナノは、その価格設定にも注目が集まりましたが、同時に組み立てと流通用のコンポーネント・キットが地場企業によって一緒に販売される流通形式にも注目が集まりました。この際、タタ・グループ会長のラタン・タタは、
「クルマを生産する起業家をインド全土に創造する」
と述べ、それが
「富を普及させる私の考えだ」
と語ったと言われています。
こうした、企業としての成功に誇りを持つと同時に、家族の繁栄、地域の進歩、そして国家の発展にも誇りを持つ態度は④高遠な使命と目的、という形でまとめられていますが、文化的には集団主義文化における長期志向の要素を感じさせます。
短期指向の文化では利益のような短期の財務的結果を重視しますが、長期志向の文化では必ずしもそうした短期の財務結果は重視しません。
インドのエグゼクティブはアメリカのそれと比べて、変換型リーダーシップを取ることが多いと述べられています。変換型リーダーシップでは、「組織のミッションは重要なので、会社の成功と一心同体になるべきであり、ミッションを大切にするのであれば、一生懸命働くべきだ、と部下を鼓舞する」と言われています。これはどこか、かつての日本企業の文化を彷彿とさせます。日本の文化はインドのスコアとはまた傾向が異なりますが、共通するのは「アメリカに比べると集団主義であり、長期志向である」ということです。
アメリカにおける個人と会社の関係は、対等な契約関係のようなものになる傾向があります。これはアメリカの際立って高い個人主義の文化(個人主義スコア91)が背景にあるため、例えばMBO (目標管理制度)等は他の文化では馴染みにくいと言われています。(ホフステード他 1995)
インド進出した日本企業では、現地スタッフの定着率が悪くすぐに転職してしまう例が多いという話を聞くことがあります。日本人がリーダーシップを発揮する中で、働くことの意義づけをどのように伝えているのか、再考が必要なのかもしれません。
一方で、インドの短期指向・長期志向のスコアは51です。これはアメリカの26から見れば長期志向の文化となるわけですが、世界の中では必ずしも長期志向とは言えません。
このことは、例えばICIC銀行の副理事長ナチケット・モールの言葉からも見て取れます。曰く、
「インドのような複雑な環境においては、変化が劇的で急速なため、極端に長期的な思考にはベネフィットがほとんどない」
インドのエグゼクティブのインタビュー結果から見えてくることは、短期の財務指標ではなく長期の社会的意義を述べつつ、同時に不確実性回避の低さを背景として臨機応変に戦略を変える短期重視の動き方もする、という長期志向と短期志向の丁度中間的なマネジメントを行っているということなのかもしれません。
インドのリーダーシップから日本人は何を学べるか
インドのような異文化環境で効果的なリーダーシップのあり方を学ぶことは、当然インドでマネジメントを行う場合に役に立ちます。
一方で、仮にインドでマネジメントを行うことが無かったとしても、インドのような異文化環境で有効なリーダーシップのあり方を学ぶことは役立ちます。というのも、異なる文化でのリーダーシップを学ぶことは、日本でのリーダーシップのあり方を考える際の参考になるからです。
「この文化ではこういうリーダーシップが有効だが、あちらの文化ではこういうリーダーシップが有効だ」ということを学ぶことは、現在の自文化と現在のリーダーシップのあり方のマッチングを捉え直すきっかけを提供してくれます。
ホフステードの国民文化スコアは、国の平均値が示されていますが、当然国の中には分散があります。例えば、リーダーシップのあり方に大きな影響をもたらす権力格差のスコアはホフステードの研究でも職種によって大きく変わることが示されています。(専門職や専門職管理職は低くなり、非熟練工・半熟練工は高くなる ホフステード他(1995))
日本国内であっても、集団の状況によっては部分的にインドと似た文化スコアのパターンになっている場合もあり得るわけで、その場合はインド的なリーダーシップのあり方が効果を発揮する可能性が高くなります。
暗黙のリーダーシップ理論が示すように、リーダーはフォロアーがどのような「文化」を持っているのかに気付いている必要があります。
ご自身のリーダーシップスタイルを再考するきっかけとして、異文化で効果的なリーダーシップスタイルを学ぶことは役に立ちます。多くのビジネス書はアメリカからの翻訳本で、この「インド・ウェイ」もアメリカ発なわけですが、いつもとはちょっと毛色の違うビジネス書、読んでみてはいかがでしょうか?
文献
・小野善生(2012)「暗黙のリーダーシップ理論がフォロワーのリーダーシップ認知に及ぼす影響」関西大学商学論集 第57巻第1号
・Nye, J.L., and D.R. Forsyth( 1991),“ The effects of prototype-based biases on leadership appraisals: A test of
leadership categorization theory,” Small Group Research, 22: 360-375.
・ホフステード他(1995)「多文化世界 違いを学び未来への道を探る」有斐閣 原書第3版