日本人との交渉のコツ|海外で日本人との交渉はどうすべきと言われているのか?
最近出版された、実践的な異文化交渉の本
ホフステード・インサイツは、フィンランドのヘルシンキに本部を置くグローバルネットワークの組織で、世界40か国に100名を超すメンバーが居ます。この日本地域本社がホフステード・インサイツ・ジャパン。私がここの取締役でもあるので、今回は異文化の話題を。
最近、グローバルネットワークの中の二人、Jean-Pierre CoeneとMarc Jacobsが”Negotiate like a local”(現地人のように交渉する方法)という本を出版しました。二人ともベルギー人で欧州を拠点とした異文化マネジメントの専門家です。
「異文化環境でビジネスを上手く進めて行くにはどうすれば良いのか?」という課題を扱った本は色々ありますが、この本の特徴は2つ
まず、「交渉」に的を絞っているということ。交渉はビジネスにおいて中心的役割を果たす活動の1つです。グローバルコミュニケーションという大きな課題ではなく、交渉に的を絞っていることで、より実践的な知見を得ることが可能になります。
もう1つは、ホフステードの6次元モデルをベースにしていること。この手のビジネス本には、海外ビジネス経験の豊富な方がご自身の経験をコツとしてまとめたものがありますが、この本は学術的な研究成果をベースにかかれています。著者達が収集した事例と、理論からの説明の両方が書かれています。結果として、全体観と納得性が上手く担保されています。
世界には6つの文化圏がある
ホフステードは、世界各国の国民文化を数値で表す研究を進めてきました。現在、ホフステード・インサイツでは、ホフステードの6次元の価値観スコアを推定値も含めて101か国分公表しています。
そして、この101か国の価値観スコアを分析すると、6つの文化パターン(メンタルイメージ)があることを述べてきました。6つの文化パターンはそれぞれ、①コンテスト、②ネットワーク、③家族、④ピラミッド、⑤太陽系、⑥機械、と呼ばれています。
この6つのメンタルイメージは、世界全体の文化の違いをざっくりと理解するには非常に優れた方法でした。人間の認知能力には限界があるので、1か国1か国、それぞれの文化特性を説明されるよりも、まとまった文化圏として説明された方が分り易い。そんな分り易いメンタルイメージでしたが、私たち日本人にとっては1つだけ問題がありました。
日本文化は特殊
それは、日本がこの6つのメンタルイメージのどこにも属さないということ。
ホフステードの価値観スコアを見ると、隣国の中国は③家族のパターンになっているのがわかるし、また韓国や台湾は④ピラミッドのパターンになっているのが分ります。 しかし、日本の価値観スコアのパターンはどう見ても6つのメンタルイメージの価値観スコアのパターンには入らないのです。
そこで、結局、日本は「日本」というメンタルモデルとするしかないということになり、世界には「7つ」の文化圏があるということになりました。
Jean-Pierreらの本は、この内容を反映しており、副題も ”7 Mindsets to increase your success rate in international business”となっています。
ちなみに、101か国の価値観スコアをじっくり見ていくと、6つの文化パターンにはどう頑張っても属しそうにない国がいくつかあります。日本はその代表格筆頭なのですが、もう1つ有名なのがコスタリカ。コスタリカは軍隊を持たない国として有名で、昨年「コスタリカの奇跡」という映画が日本でも上映されていました。
こうなってくると、興味が湧くのが「日本人相手の交渉」に関し、ベルギー人の著者たちは一体何を書いているのだろう、ということ。文化的に見た場合、日本人と交渉する為には何に注意をするべきと書かれているのでしょうか。
日本人と交渉する6つのポイント
この本では、交渉を6つのステップに分けて文化圏ごとにそのポイントをまとめています。
①最初の接触機会を作る (Establishing contact)
②信頼関係を作る(Establishing trust)
③相手のニーズを探る(Identifying the needs)
④提案する(Presenting the commercial proposal)
⑤価格交渉する(Negotiating the price)
⑥契約を勝ち取る(Closing the deal)
文化的に見ると、どこでも通用する交渉方法というものは存在しません。例えば、①最初の接触機会を作る、で言えば、コールドコールと言われる顧客へのアプローチ方法があります。これは、潜在顧客へ電話やメールでダイレクトに連絡をする方法です。これが機能するかどうかは文化によって異なります。つまり、このやり方が機能する文化もあれば、そうしたやり方は全く機能しない文化も存在するということです。
日本文化の価値観スコアを前提とした時、著者たちが6つのステップでそれぞれお勧めする方法は下記のようになっています。
①最初の接触機会を作る (Establishing contact)
→自分の人脈の中で、ターゲットにつてがあって紹介してくれる人を探す。もしくは、商工会議所のような仲介者を経由して最初の接触を行う。
②信頼関係を作る(Establishing trust)
→「飲ミュニケーション」に代表されるような、オフィスを離れた関係構築を積極的に行う。
③相手のニーズを探る(Identifying the needs)
→交渉相手の中で誰が「専門家」なのかと、誰が「上位者」なのかを見極める。日本におけるビジネスニーズは、明確に提示されるわけではないことを理解する。そうではなくて、そうした「専門家」と「上位者」へのNemawashi(根回し)の中でニーズが浮き彫りになってくるものである。
④提案する(Presenting the commercial proposal)
→提案内容は、実際は提案前の会話の中で既に話されているものである。よって、提案書とは、事前に話して合意した内容を、なるべく明確に、なるべく詳細に記録するべきである。また、商談は顔を見て行い、提案書は紙に印刷して手渡しすべきである。それも一つの関係構築の機会であるので。
⑤価格交渉する(Negotiating the price)
→空気(Kuuki)を読みましょう。価格についてNoという時は、どういう表現をするのが適切かよく考える。
⑥契約を勝ち取る(Closing the deal)
→契約締結となるかどうかは、提案以前の根回しプロセスで決まっているので、提案ミーティングは形式的なものに過ぎない。(なので、事前の交渉に力を入れるべき) また、日本では提案後のフォローアップが大切。こうしたフォローアップの機会を上手く使って関係構築を行うことが大切
そんなの当たり前、と感じたら要注意
6つの交渉ステップにおける、「対日本人の注意ポイント」を読んで、どのように感じましたでしょうか?
ここにかかれていることはあくまで一般的な「傾向」についてのものです。著者たちは、日本の価値観スコアを見て、あくまで標準的な日本人・日本の組織と交渉する場合には上記のような注意が必要という考え方をしています。よって、当然例外はあるし、業界によっても傾向には差が出てきます。
そのような前提で考えた上で、もし「まあ、そうだと思う。当たり前のことが書いてあるんじゃないか」と感じたとしたら、異文化でのビジネスでは注意が必要かもしれません。なぜなら、ここに書かれていることは、あくまで「対日本人」の交渉方法の話であって、その他の文化圏では効果的に作用しない可能性が高いからです。
そもそも、ベルギー人の著者がわざわざ「当たり前に見える」ことをポイントとしてまとめているのは、非日本人の読者にとっては、ここに書かれていることは「当たり前」ではないからです。彼らには彼らの「当たり前」があって、その当たり前の感覚で日本でビジネスをすると失敗する。だから、わざわざ上に書いてる6つのポイントを意識的に守って日本でビジネスをしようとするわけです。
同じことは我々日本人にも言えます。日本人には日本人の交渉の「当たり前」があります。このやり方が通用する為には、相手先の文化が日本文化と似ている必要があります。しかし、前述のように日本文化は世界の6つのメンタルモデルには属しません。ということは、これは、日本のやり方は日本の外では有効に機能しない可能性が高い、ということを意味します。
日本文化を相対化する
このことに気付くかどうかは、異文化環境での交渉を上手く進めることが出来るかどうかに大きく影響します。
個人の自己理解・他者理解では、「相手を知る」ということは「自分を知る」ということとほぼ同意と考えます。自分と違う他者を知る為には、自分という参照点と相手という参照点を同時に理解することが必要です。
同じように、異文化環境での交渉を上手く進めるためには、「日本だったらこうする」ということを意識化した上で、「しかし、このやり方は異国でも機能するのか?」と日本のやり方と対象国のやり方を同時に理解することが必要です。
この文化の相対化においては軸の存在が非常に有効で、故にホフステードの6次元モデルが役に立つわけです。
”Negotiation like alocal” この本は7つ目の文化圏として日本文化を独立したものとして記述してくれました。他の6つの文化圏と並んで記述してくれたおかげで、日本人にとっては自文化を相対的に捉える非常に良いきっかけになるように思います。