ダイバーシティは組織の成果に繋がるのか?(後編)
多様性コンフリクトのマネジメント
(前編)では日本のダイバーシティ議論の特徴と組織論から見た時の多様性と組織の成果の関係を見てきました。
人間の生得的な「心の習慣」が異質なものを避ける・違和感を感じるのであれば、多様性がコンフリクトを引き起こすことは避けられません。
多様性を受け入れる、ダイバーシティマネジメントを行うということは、そうしたコンフリクトとどう付き合うかということだと割り切るしかないのかもしれません。
しかし、この時大切なことが2つあります。
1つは、「破滅的なコンフリクト」は起こさない仕組みを作る、ということ。
もう1つは、多様性コンフリクトに対する「組織のレジリエンス」を上げる、ということ。
①「破滅的なコンフリクト」を防止する
ダイバーシティはしばしば組織やグループの存在そのものを脅かす問題を引き起こすことがあります。「違い」はしばしば「良い・悪い」という価値判断と結びつけられ、感情と結びついてエスカレートするからです。
多様性がもたらすある程度のコンフリクトは仕方がないとしても、それが破滅的なものにならない為には組織としての仕組みが必要です。
そうした仕組みの1つは「ガス抜き」です。
感情は悪化し始めると雪だるまのようにエスカレートします。なので、定期的にメンバーのネガティブな感情を場の中で浄化させていく必要があります。
組織開発のプロジェクトで「アジャイルレトロスペクティブズ」という手法を使うことがあります。ソフトウェア開発などで使われるアジャイル系のプロジェクトマネジメント技法のひとつで、短いスパンで行動を振り返ります。その際に、プロジェクトの行動の結果だけでなく、感情データを集めて振り返りを行います。定期的にプロジェクトの感情を振り返ることで、早め早めにネガティブな感情そのものと、その発生原因を改善していきます。
また、同様にシステムコーチングで「アライメントコーチング」というセッションを行うことがあります。この中では感情の「ベンチレーション(=換気)」を行います。ネガティブな感情を場に吐き出させることで場の感情の変化を意図的に作り出します。
「働き方」は仕事や人生に対する価値観と密接に繋がっています。その為、働き方の多様性を上げることはコンフリクトのリスクを増大させる。
そうしたコンフリクトを避ける、もしくは表出しないようにするのではなく、逆に、早め早めに表に出して浄化していく。そして、その感情の浄化の仕組みを組織として持っておく。これはつまり、ダイバーシティの問題を感情コンフリクトマネジメントの観点から見て、事前にプロセス設計をしておくということです。
破壊的なコンフリクトを避けるもう一つの仕組みは「フォールトライン(断層)設計」です。
フォールトラインとは断層のことで、断面がそろえばそろうほど、力が加わった時に大きな崩壊が起こるリスクが上がります。これをダイバーシティの文脈に引き戻して考えると、「様々な属性の違いが、少ないグループ特性としてそろってしまうと、破壊的なコンフリクトになる可能性が上がる」ということになります。
例えば、「男女」の違いと、「新人・ベテラン」の違いが同じグループに有ったとします。その場合、2つの属性の違いが「男性・ベテラン」グループと「女性・新人」グループのようにそろってしまうと、この2つのグループ間に破壊的なコンフリクトが起こる可能性が上がります。
一方、「男性・ベテラン」、「男性・新人」、「女性・ベテラン」、「女性・新人」というように、属性の違いが各個人の中にバラバラに存在している場合は破壊的なコンフリクトにはなりにくいと考えます。
このように、グループ設計をする際にも、設計したグループの運営体制を考える際にも、ダイバーシティが破壊的な問題を引き起こさないように仕組みを考えることが重要です。これは組織設計の観点。
②多様性コンフリクトに対する組織のレジリエンスを上げる
上で述べたように、ダイバーシティがもたらすコンフリクトが破壊的なものとならないように、コンフリクトマネジメントの観点でプロセスを設計すること、また、組織設計の段階で知恵を絞っておくことが大切。しかし、それでもやはり大きなコンフリクトが起こることもあるでしょう。
そうした事態に対して、どのような構えを持っておく必要があるのか?
これは組織としてのレジリエンスの問題です。問題が起こった時に、速やかに個人や組織が立ち直るための基盤があるかどうか。
レジリエンスを構成する要素には「楽観性」「自己効力感」「自尊感情」「感情コントロール」といった要素がありますが、それらの根本にある大切なことは組織に属する1人1人の「心の相対化」が進むかということだと思います。
インドの古い寓話に「群盲象を評す」というものがあります。
「群盲象を評す」
6人の盲人が、ゾウに触れることで、それが何だと思うか問われた。足を触った盲人は「柱のようです」と答えた
尾を触った盲人は「綱のようです」と答えた
鼻を触った盲人は「木の枝のようです」と答えた
耳を触った盲人は「扇のようです」と答えた
腹を触った盲人は「壁のようです」と答えた
牙を触った盲人は「パイプのようです」と答えたそれを聞いた王は答えた。「あなた方は皆、正しい。あなた方の話が食い違っているのは、あなた方がゾウの異なる部分を触っているからです。ゾウは、あなた方の言う特徴を、全て備えているのです」
(出展 Wikipedia)
6人の盲人の感覚は「皆、正しい」 しかし「全体から見ると一部だけ正しい」というのがここでのポイントです。
ダイバーシティ環境で、1人1人が感じる「これが正しい・自然」という感覚はすべて「正しい」、しかしシステム全体から見ると常に「一部だけ正しい」
この感覚をメンバー全員が共有できるかどうか。「心の相対化」が進んでいれば、例え「違い」が問題を引き起こしたとしても、「確かに自分は違和感を感じるが、全体から見たら違う感覚があるのかもしれない」と思うことが出来ます。自分の感覚や価値観は、個人にとっては現実感のあるものなので、そこに固執する限りコンフリクトは消えません。むしろ雪だるまのようにエスカレートする。
自分の感覚を信頼しつつ、かつ相手の感覚も信頼する為に、自分の感覚を絶対視しない。組織メンバーがそういう心の相対化を行うことが出来れば、例えコンフリクトが起こったとしてもそこからの回復を図ることが出来るようになります。
「心の相対化」を新しい「心の習慣」に出来るか
ダイバーシティの問題は、今後拡大することは有っても縮小することはないでしょう。
1つの理由は、労働力確保という経済的に差し迫った事情があり、多様な働き方を認めざるを得ないこと。しばらくは日本国内においては「男女」を軸に議論が進むでしょうが、外国人などその他の切り口でも多様性は増加していくことが予想されます。
そして、もう1つの理由は、創造性の源泉として多様性が重要なこと。近代以前までは環境変化は数百年単位のものでした。数百年前の家の家具と、数百年後の家の家具に大きな変化がない、というのが近代以前の状況です。しかし、現代の我々は、100年前の人間社会とは物質的にも文化的にも大きく異なるような時代の流れを生きています。そして、環境の変化に合わせて自らの社会や文化を創造的に作り直す必要性に直面しています。
企業という組織の単位としても、より大きな人間社会という単位としても、多様性を創造性に繋げていく知恵を身に着けることが大切。
異なる他者と協働するということは自分を相対化し、1人では生み出すことが出来なかった新しい何かを生み出す可能性を秘めています。と同時に、異なる他者との協働はどうしてもコンフリクトを生み出すリスクを増大させる。
「心の相対化」は、リスクを破壊に繋げず創造性を生み出す基盤です。自分と異なるものを排除しようとする人間の生まれ持っての「心の習慣」を乗り越えられるか。「心の相対化」を新しい「心の習慣」として学習できるか。
ダイバーシティが成果を生み出すかどうかは、そこにかかっています。
<関連記事>
●「ダイバーシティは組織の成果に繋がるのか?(前編)」
●「「合わない人」と、それでも協働していく知恵|MBTI×システムコーチングというアプローチ」
●「包容力のある組織の作り方 MBTIの活用法」
<文献>
一小路武安(2016)「日本におけるダイバーシティ概念の社会的受容ー新聞記事データの分析からー」経営論集88号 2016.11 29-42
八木規子(2016)「フォールト・ライン理論の視点化から読み解く日米のダイバーシティ・マネジメント研究に見られる相違:今後のダイバーシティ・マネジメント研究の方向性を探る」聖学院大学論叢 第28巻第2号 2016.3 75-89