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「弁護士の質問力」とは何か?

POSTED: 4月 10, 2018, 3:59 pm

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弁護士の質問力とコンサルの質問力

前回の「コンサルの質問力」とは何か?(後編)からだいぶ間が空いてしまいましたが、質問力シリーズの最終回は、「弁護士の質問力」について。

3つの質問力、「コーチ」「コンサル」「弁護士」のうち、コンサルと弁護士は重複するところがあります。両者とも事実を重視するし、論理の組み立てを重視します。

1985年に大前研一さんの名著「企業参謀」が世に出てから、日本でも経営コンサルタントの頭の使い方・考え方は効果的に仕事をする方法の一つの理想形として世の中に広く普及しました。

「コンサルの質問力」は、経営コンサルタントがプロジェクトの中で叩き込まれる問題解決型思考であり、論点思考・仮説思考をベースにしています。その為、この質問力に関しては馴染みがある方も多いと思います。

一方で、同じように事実と論理の組み立てを重視する弁護士の質問が、どのような組み立てで行われており、何の役に立ち、それを身に着けるにはどのような学習を積めば良いのかは必ずしも広く理解されているわけではありません。

弁護士の質問は、クリティカル・シンキングと呼ばれる領域の質問にあたります。クリティカル・シンキングとは

「さまざまな議論を、明白かつ合理的な基準にのっとって、体系的に評価する技法」 (Browne and Keeley 2004)

とされています。

これに対して、コンサルの質問力は、ロジカル・シンキングと呼ばれることが多いのではないかと思います。「ロジカル・シンキング」は元々は、論理学に基づいた思考法のことだったのですが、今では多くの人が経営コンサルティング的な思考法のことだと理解しているのではないかと思います。MECEやピラミッドストラクチャーのような論点(Issue)を中心とした問題解決志向の思考法ですね。

ロジカル・シンキングとクリティカル・シンキングを分けて考える

この2つは、共通する要素も多いのですが、別物として捉えた方が良いと思います。というのも、それぞれの思考法では認知のエネルギーのかけ所が異なるからです。

クリティカル・シンキングを行っている時は、主張の合理性・妥当性の把握と確認に認知のエネルギーをかけます。一方、ロジカル・シンキングを行っている時は、全体像や構造の把握と確認に認知のエネルギーをかけます。

そして、面白いことに、両方得意な人というのはそれほど多くなく、所謂「論理的な人」というのは、どちらか一方(だけ)が得意という人が大半のように思います。まあ、当たり前と言えば当たり前かもしれません。頭の使い方に差があるので、その蓄積が長い年月を経てスキルの差として現れてくるのだと思います。

経営コンサルティング的な頭の使い方がビジネスでは良く使われることから、ロジカル・シンキングの方が得意、という人の方が多いかもしれません。

弁護士の質問はなぜ大切か

少なくともビジネス領域においては、ロジカル・シンキングに比べると耳にする頻度が低いクリティカル・シンキングですが、私はこれはとても大切な技術だと思っています。そして、それをベースとする弁護士の質問力は、弁護士でない一般の私たちも広くスキルとして身に着けるべきものだと思っています。

というのも、世の中は「一見それらしく見えるが、実は合理性・妥当性に欠けた言説」にあふれているからです。こうした「まやかしの言説」のまやかしを見破り、正しくない/妥当でない結論を避けるためには弁護士の質問力がとても有効に機能します。

一つ例で考えてみましょう。

仕事で会社支給の携帯電話を渡されることがあります。会社支給の携帯電話は、業務に使用するものであって、私用で使うことは禁止されているとします。

例えば、あなたが会社の総務担当で、ある時、一人の社員の会社支給携帯電話が、私用で使われており、高額な請求が会社に来ていることに気付いたとします。 部の上長に相談したところ、あまりにも高額だったことから、今回は会社の規則に従って、この社員に対して処罰をすることになったとします。そのことを本人に伝えると、この社員はこういう質問をしてきました。

「私用電話なんてみんなやってるじゃないですか。偶然私の今月の使用量が高額だっただけじゃないですか。今月だって、多くの人が私用電話使ってるでしょ。たまたま目に留まった人だけが処罰されるっていうんですか?不公平じゃないですか?」

こう問われた場合、あなたは何と答えますか?

答えて良い問いと答えてはいけない問い

人は問われると反射的に答えを言いたくなる衝動にかられます。ドイツ語で、

「Wer Fragt, der fuhrt(問いを出すものは主導権を握る)」

と言うそうですが、問いを発するものは議論を制する力が強くなります。それを悪用したのが、上の携帯電話私用社員の「問い」です。

もしあなたが、「いいや不公平じゃないよ」と答えたとしたら、相手はきっと「でも、私的利用している人全員じゃなくて、事実、私だけを罰しようとしてるじゃないですか!これが不公平じゃなくてなんなんですか!まず、私的利用している人を全員調べるべきですよ。そして全員罰してください」と言ってくるでしょう。

もしあなたが、「そうだよ、不公平だよ」と答えたとしたら、相手はきっと「会社として不公平な処遇をするのはおかしいですよ!私は自分に罪がないって言ってるわけじゃないんです。公平を期する為に、私的利用している人を全員調べて同様に罰するべきだと言ってるんですよ」と言ってくるでしょう。

要するに、相手は全員の携帯利用を調べ尽くすまで自分を罰するべきではない、ということを最もらしく言いたいわけです。(そしてそんなことは出来ないと高をくくっている)

この、「不公平じゃないですか?」という「問い」は、実は答えてはいけない「問い」です。

修辞学や国語科教育学を専門とし、議論に関する多くの指導書・啓蒙書を出された香西秀信さんは

「問い」に対しては「Answer」と「Restort」があり、この種の「問い」に対しては「Answer」してはならず、「Restort」しなくてはならない (出展 「レトリックと詭弁」)

と述べています。

ここでAnswerとは「「はい」か「いいえ」で答えるもの」で、Restortとは「問いの妥当性、あるいはそれを問うという行為の是非を問題とすること」です。

上記のような「問い」は、自分の主張を最もらしく見せることを目的としたもので、こうした問いに対してはYes/NoのAnswerをするのではなく、そもそもその問いには妥当性がないということを指摘すべき類のものです。

上記の「不公平じゃないですか?」という「問い」にRestortするのであれば、

「会社支給携帯電話の私的利用は認められない。見つからなかった人も処罰されるべきだが、今回あなたは見つかっただから処罰する。それだけの話だ。あなたは「たまたま見つかった人だけが罰せられるような不公平は許されない」と言うが、罰則に関してその理屈が成り立つのなら、世の中の殺人犯は、「たまたま見つかった自分だけが刑務所に入れられるのはおかしい」と言うだろう。そんなバカな話はない」

ということになるでしょう。

一見もっともらしく見える言説にだまされない

弁護士の質問力とは、このような問いの持つ力を十分に認識した上で、場に出された言説を批判的に確認し、本当に受け入れられるに足る言説を突き詰めていく技術です。

そして、弁護士の質問は分解すると3つのステップで成り立っています。3つのステップとは、

 ①主張を確認する
 ②根拠を確認する
 ③根拠の3つのパターンに質問をぶつける

です。

言説は主張と根拠によって成り立っています。よって、まず「あなたが言っていることは、~ということですか?」と聞いて①主張を確認します。世の中にはそもそも何が言いたいのかよく分からない言説がありますので、きちんと①主張を確認する、ことが大切です。

主張を確認したら、その主張を成り立たせている②根拠を確認します。率直に「それはなぜですか?」と聞きます。

②根拠を確認する際に注意すべきことは、相手が根拠を言ったら、その③根拠のパターン認識をすることです。これはトピカと呼ばれています。典型的な議論行動を類型化したもので、香西秀信さんの「議論入門」では5つのパターンが示されています。

なぜ根拠パターン認識をするかというと、その後するべき質問がパターンによって変わってくるからです。

ここでは、日常生活でよく見る3つのパターンについて述べておきたいと思います。

3つの根拠パターンに対する質問

根拠の3つのパターンとは「①因果関係」「②類推/比較」「③定義」です。

3つの違いを例で示しておきます。

部の定例会議を止めるべきだ」という主張があったとします。その場合、根拠の述べ方は下記のパターンに分かれます。

主張|部の定例会議を止めるべきだ

3種類の根拠|
①因果関係=「リモートワークが進み開催が難しい」
②比較・類推=「他部も定例は廃止の方向だから」
③定義=「定例会議は部内の業務進捗の共有をする場だが、今はそれが行われていない」

根拠の付け方は人それぞれですが、それを聞いている側にとって大切なことは、相手の根拠がどのパターンに当てはまるかを確認することです。

相手の根拠パターンが分ったら、それに対する典型的な対処を試みます。

①因果関係に対する対処法

相手の根拠が①因果関係だ、と思ったら前提を確認し妥当性を精査する質問をします。因果関係が根拠の場合、一見もっともらしく見える根拠は多くの隠れた前提に依拠しています。その隠れた前提を明らかにし、その妥当性を精査することが重要です。

例えば、「携帯電話の私的利用」は①因果関係型の根拠になっています。

主張|自分だけを罰するべきではない
          ↑
根拠|他の人も私的利用しているから

人は強い調子で根拠を言いきられると納得してしまいがちです。しかし、根拠には隠れた前提があるという意識があれば、上の言説には隠れた前提「違反者も公平に扱われなければならない」があることに気付きます。後は、この隠れた前提の妥当性を議論の土場に上げれば良いというわけです。

②比較・類推に対する対処法

相手の根拠が②比較・類推だ、と思ったら、相手が比較・類推しているものとの違いを探すことになります。

例えば、「バレーボールには身長制を導入すべきだ」という言説があったとします。「柔道やレスリングなど、体格が勝敗に大きな影響を持つスポーツは階級別になっているではないか!バレーボールは身長が勝敗に大きく関わるのだから身長制にすべきだ」という言説です。
これは②比較・類推型の根拠になっています。

主張|バレーボールに身長制を導入すべきだ
           ↑
根拠|柔道やレスリングなどは重量別

この比較・類推も、非常にもっともらしく見える言説になり得ます。しかし、きちんと吟味をしていくと、比較・類推してもしょうがないものを比較・類推していることが多く、妥当性に欠ける例が多くあります。

上の例で言えば、柔道・レスリングの試合は個vs個を基本に成り立っていますが、バレーボールは団体戦です。団体戦の身長制というのは複雑で公平性を担保するのが難しそうです。平均身長にするのであれば、セッターやレシーバーなどを低身長の選手で固めて、アタッカーは高身長で、というような恣意的な選抜を行うチームが出そうです。出場する選手としても見ている観客としてもそんなことを望んでいるのか、その妥当を吟味する必要があるでしょう。

③定義に対する対処法

相手の根拠が③定義だ、と思ったら、そもそもその定義をここで適用とする根拠を問うことになります。

例えば、「大学の実学志向」に対して反対する下記のような言説があったとします。

「大学=Universityの語源は、ラテン語で、Uni(ひとつの)+Vert(求める)+Sitas(真理)である。大学とはそもそも学問的真理探究を行う場であって、実学のスキルを身に着ける場ではない。社会的にそういったことが必要なのはわかるが、それは専門学校の高度化で対応すべきことである」

この言説は下記のような構造になっており、大学のラテン語の定義を根拠としています。

主張|大学は実学志向を目指すべきではない
             ↑
根拠|古くからの大学の定義に反する

定義による根拠づけも、言い切られると強い説得力を感じる言説です。特に、古典を持ち出されて定義づけをされると、それが正しいような錯覚に陥ります。しかし、物事の定義は複数あることが通例です。ここで問うべきは、どうしてその定義をここで適用するのが妥当と言えるのか、ということです。

ちなみに、上のラテン語の大学の定義「Uni(ひとつの)+Vert(求める)+Sitas(真理)」というのは、私が今作った全くのデタラメです。(本当のラテン語での語源はuniversitas(ウニベルシタス)=学生ギルド、だそうです)

仮にこれがデタラメでなかったとしても、大学の定義はあまたあり得ます。辞書を引けば「学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究することなどを目的とする (デジタル大辞泉)」と言ったものが出てきますし、「高度な教育と研究を両立させるところ」と言った定義づけも出来るでしょう。

どうしてこちらの定義ではなく、その定義を用いなければならないのか、そこに妥当性が無いと定義づけによる根拠は妥当性を失います。

弁護士の質問力を鍛える

Web記事やSNSを見ていると、世の中は一見それらしく見えるが吟味すると妥当性に欠ける言説であふれていることに気付きます。大学の教授のような極めて高度な高等教育を受けた方々でさえ、論理的な妥当性が極めて怪しい言説をご自身の名前で発表されています。

何が妥当で信頼に足る言説なのか、吟味して判断していく技術が個人にとっても集団にとっても重要です。弁護士の質問力にはクリティカル・シンキングを基礎とした一定の型があります。上でご紹介した3ステップの簡単な型もありますし、ご興味があれば参考図書でご紹介する書籍を読んでみるのも良いでしょう。

コーチの質問力、コンサルの質問力、と並び、非常に大切な弁護士の質問力。一人でも多くの方がその技を身に着けられればと思います。

参考図書

〇「質問力を鍛えるクリティカル・シンキング練習帳」M・ニール・ブラウン、スチュアート・キーリー 森平慶司訳
*所謂、クリティカル・シンキングの入門書。アメリカの教科書らしく分かり易くまとめられていて、また練習問題もついていて実践的
critical thinking

〇「反論の技術 その意義と訓練方法」香西秀信
*香西秀信さんの本で最初に読んだもの。これは良書だと思います。学生への指導法を念頭に書いてらっしゃいますが、ビジネスマンが読んでも勉強になります。
hanron

〇「議論入門」香西秀信
*5つの議論の型について説明したもの。書籍や新聞投稿の文書の内容を厳しく吟味するくだりが参考になります。
giron

〇「レトリックと詭弁」香西秀信
*詭弁についての書籍。禁じ手の解説なのですが、この手の禁じ手は日常でも良く見るように思います。
kiben

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渡辺寧

AUTHOR:渡辺寧(わたなべ やすし)

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。 2014年に独立し、現在は「人と組織が変わること」に焦点を絞ったコンサルティングに取り組んでいる。プライベートではアシュタンガヨガに取り組み、ヨガインストラクターでもある。

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